2026年1月18日、沖縄マスジド・沖縄イスラミックカルチャセンターにて、イスラーム文化交流会を初開催しました。沖縄マスジドは4年前に開堂しました。近くにプレハブのOkinawa First Masjidがすでに存在しています。しかし現在も個人所有なので、法人によって正式に開堂したマスジドとしては、沖縄マスジドが沖縄県で初のマスジドになりました。交流会には男女40名の外国人ムスリムや日本人ノンムスリムが参加しました。国籍は主にアフガニスタン、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、日本でした。午前はイブラヒム・エルサムニー先生(沖縄国際大学元非常勤講師)の50年間にわたる沖縄県での生活について体験談を聞くことができました。彼はエジプト出身の元プロサッカー選手で、1976年に来日しました。その当時は沖縄県にマスジドはなく(日本全国でも神戸マスジドと東京マスジドだけ)、ハラール食品も全くない状況でした。彼はアラブ・イスラーム文化を伝えたい一心で、大学講師を21年間務めて、22,000人の学生にイスラーム文化を教えました。当時の学生から受けた主な質問の1つに、エジプト訪問した学生から「ヒジャーブしていない女性がいるのはなぜ?」というものがありました。歴史を振り返ると、西暦610年からクルアーンの啓示が開始しました。その後イスラーム帝国が拡大したわけですが、アラブ諸国は17世紀になると植民地支配された国と支配されなかった国に2つにわかれました。アラブ諸国22カ国の状況は異なるわけです。例えば、サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタールなどは植民地支配がなったので「イスラーム法」がそのまま残りました(現在も多くの女性は黒いアバヤを着ている)。一方、エジプトはイギリスに支配され、レバノン、シリア、アルジェリア、モロッコ、チュニジアなどはフランスに支配されました。そして19世紀の独立後も、西洋諸国の「近代法」がそれらの国々に強く影響を残したままになっているのです。元のイスラーム法になかなか戻ることはできませんでした。なぜなら「近代法」のもとで女性がヒジャーブを付けることが処罰・抑圧された歴史があるからです(女性がヒジャーブをやりたくないわけではないし、多くの国民はイスラーム礼拝や断食を実践している)。次に、50年間、沖縄県でムスリムとして生活した経験についてのお話がありました。50年前の沖縄県にはエジプト人とシリア人の2人のムスリムしかいませんでした。困ったことは、①マスジドがなかったこと、②ハラール肉がなかったことでした。1985年にJICA沖縄国際センターの開所に伴い、ムスリム研修生が来日するようになりました。その度に礼拝場所とハラール食事がないことが問題になりました。1990年まで同じ状況が続きました。そこで所長と話しをしたら、金曜日だけ礼拝が可能になりました。その後、所長が変わると礼拝できなくなりました。そこで琉球大学の国際交流会館で金曜日礼拝をするようになりました。ムスリム留学生数も増えて、会館での礼拝も狭く感じるようになったので、沖縄マスジドを作ることになりました。現在沖縄県にはもう1つ「石川マスジド」も昨年開堂しました。ハラール肉については本土でハラール食品店が増えてきたので、沖縄県にもハラール食品を販売することができるようになりました。午後は、当センター理事長がイスラームとハラールについての基礎知識について講義をしました。終了後、参加者から以下のコメントをいただきました。「今日はとても勉強になりました。わざわざ沖縄まで足をお運び頂きお疲れ様でございます。本来ならイスラム文化に無知な我々日本人が拝聴しなければならない内容です。今日の大学のカリキュラムに【異文化接触論】などが有ります。ご多忙だとは存じますが、全国の大学に今日の様なテーマで、ご講演をされると先ずは多くの大学生・大学関係者が啓発されると思います」

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