理事長の挨拶
GREETING

ムスリムフレンドリーな多文化共生社会の実現を目指して
日本で暮らすムスリムは年々増加し、その家族も含め、地域社会の一員として生活する時代を迎えています。ムスリムが日本社会に根付き、それぞれの信仰と文化を尊重されながら、経済的・社会的に貢献できる社会を実現するためには、日本人とムスリムが日常的な交流を積み重ね、互いを理解し、信頼関係を築いていくことが不可欠です。千葉イスラーム文化センター(CICC)は、日本とイスラームの架け橋として、宗教や文化の違いを相互理解の機会へと変え、誰もが安心して共に暮らせる「ムスリムフレンドリーな多文化共生社会」の実現を目指しています。この理念を具体的な行動につなげ、中長期的な視点から持続的な活動を展開していくため、私たちは次の3つの基本姿勢を会員の皆様と共有し、実践し続ける組織でありたいと考えています。
1.日本社会におけるイスラーム理解の促進
地域交流や多文化共生プログラム、講演会、教育活動などを通じて、日本の皆様がイスラームについて正しく学び、理解を深める機会を創出します。誤解や偏見を減らし、宗教や文化の違いを互いに尊重できる地域社会づくりに貢献します。
2.ムスリムの日本社会への理解と参画の促進
金曜礼拝の説法や各種教育・交流活動を通じて、外国人ムスリムが日本の文化、社会のルール、地域の慣習への理解を深められるよう努めます。ムスリム自身も地域社会の一員として責任を果たし、日本社会との信頼関係を築きながら、共に社会を支える存在となることを目指します。
3.信仰の自由と相互尊重の実践
「宗教に強制はない」というイスラームの教えを大切にし、一人ひとりの信仰、思想、価値観の自由を尊重します。イスラームへの理解を促進する一方で、信仰を押しつけることなく、対話と誠実な交流を通じて、互いの違いを認め合う関係を育みます。
CICCは、千葉県および周辺地域の住民を対象に、日本とイスラーム諸国との文化交流と友好を推進する事業を展開しています。私たちが目指すのは、単に異なる文化が同じ地域に存在する社会ではなく、互いを理解し、尊重し、共に支え合いながら発展していく社会です。日々の小さな交流を大切にしながら、地域社会に根差した活動を着実に積み重ね、その成果を次世代へとつないでいく。そして、地域における相互理解を、ひいては国際的な平和と安全の実現へとつなげていくこと。それが、私たち千葉イスラーム文化センターの使命です。今後とも、皆様の一層のご理解とご支援、ご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
2026年10月1日
理事長 杉本 恭一郎(博士)
日本におけるムスリムコミュニティーの発展とCICC
HISTORY



- 1891年 アブドゥルハリーム野田がイスタンブールにて日本人最初のムスリムになる(英国人ムスリムであるアブドゥッラー・クイリアムによる伝道の影響)
アブドゥルハリーム野田については19:00ごろから - 1909年 山岡光太郎、記録上初の日本人メッカ巡礼者
- 1917年 ロシア革命(1920年代、約600人のタタール人難民が日本へ亡命)
- 1935年 神戸モスク献堂(8月2日)インド人貿易商、タタール人(戦火を生き残る)
- 1937年 名古屋モスク献堂(1月22日)1945年5月14日焼失 タタール人系
- 1938年 東京回教礼拝堂(東京ジャーミィの前身)献堂(5月12日) タタール人系
- 1938年 大日本回教協会(日本外務省の外郭団体)設立(9月)
- 1952年 イスラーム友の会(日本ムスリム協会の前身)設立
- 1961年 ムスリム学生協会(イスラミックセンタージャパンの母体)設立
- 1980年代 バブル景気、南アジアなどからの労働者流入
- 1986年 東京回教礼拝堂解体
- 1988年 イラン・イラク戦争停戦
- 1990年 外国人留学生急増
- 1990年 バブル崩壊、イランなどからの労働者流入
- 1992年 イスラミック・サークル・オブ・ジャパン(ICOJ)の設立(本部:浅草マスジド)パキスタン人系
- 1993年 技能実習制度創設
- 1994年 日本イスラーム文化センター(JIT)の設立(本部:大塚マスジド)パキスタン人系
- 2000年 東京ジャーミィ献堂(在日トルコ大使館)
- 2008年 留学生30万人計画
- 2010年 外国人留学生総数14万人達成
- 2017年 東京インドネシアマスジド献堂(在日インドネシア大使館)
NPO法人
千葉イスラーム文化センター
住所
〒260-0044 千葉県千葉市中央区松波 2-6-2 CICCビル 4F
電話番号
オフィス代表番号: 043−307−8130


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